ラブの恩返し


ラブはヨークシャー・テリアの女の子。
食いしん坊で、少々太り気味(!?)おなかの周りは、気になるけれど、黒い瞳はだれにも負けないくらい大きくて、とびきりの美人犬です。
とても人懐っこい性格で、誰が来ても大歓迎。みんなにかわいがられて、近所のアイドル的存在でした。
ちょっとわがままで、女王様ぶりを発揮し、母をてこずらすながらも、一人暮らしの母に寄り添って、孤独を癒し、温もりを与えてくれていたのです・・・が・・・


何の前触れもなく、突然ラブは逝ってしまったのです。


5月18日の夕方、泣きながらかかってきた母からの電話でかけつけたときは、ラブの体はまだ温かく、大きな目をパッチリ開いて、まだ生きているように見えました。


たった5年余りの、あまりにも短い生涯でした。


「なぜ!?・・・こんなにも突然に。。。。。」
でも私は、すぐに納得できたのです。
最近体調が良くなくて、ラブのお散歩も負担になってきている母を気遣い、母を楽にさせるために旅立ったのはないかと・・・
18日は観音様の日。そして5月18日は父方の祖母の命日でもありました。


ラブは観音様になって、母を守るために旅立ったに違いないと、確信したのです。


翌日ペット専門のお葬式が行われました。
小さな小さな桐の棺が届けられ、ラブはベッドごと棺の中へ。
生前大好きだった食べ物や、おもちゃ、洋服、お花などに囲まれた、ラブの足元に、私はバリで撮ってきた2枚の写真を乗せました。
安らかに天国に旅立てるようにという思いを込めて・・・
1枚は毎朝私を迎えてくれた、水連の写真。もう1枚は、一人で日の出を見に行った時に撮った写真で、輝く朝日の中に観音様が立っているように見える、私にとってとても意味のある写真です。




好きなものに埋め尽くされた、ラブの体を葬儀屋さんがすっぽりと白い布で覆ったのですが、なぜか私の置いた写真だけをその白い布の上に飾ったのでした。


葬儀場で最後のお別れのとき、周りを花で埋めた後、最後の写真を撮って欲しいいという母の申し出でに、少しためらいながらも1枚の写真を撮ったのですが・・・


その写真を見て、私は叫び声をあげました。


な、なんと、棺の足元に置かれた2枚の写真の中に、はっきりとラブが写っていたのです!!
観音様の立っているように見える辺りには、まるで天国に昇っていくかのような、ラブの後ろ足が写り、水連の花の下には、ちょっと太めのラブの胴体と前足がはっきりと写っていたのでした。


それはまぎれもなく心霊写真に違いないのですが、でも、怖いとか、気味悪いものでは決してなく、とても美しく感動的なものでした。
まるでラブが、
「これから天国に行くから心配しないで・・・これからは私がお母ちゃんを守るから。」
そう言っているように見えました。


その写真は私達の悲しみを癒し、ラブへの感謝の気持ちに変えてくれました。
近くの観音さんにお参りをし、住職さんに聞いたところ、いい写真なら持っていても大丈夫ということで、祈願をしてもらい、母と私と妹の3人は、お守りとして持っていることにしました。


しかし、話はそれだけでは終わらなかったのです。

7月に母のペットロスの悲しみを癒すために訪れた伊勢詣での後、母の体調が悪くなり・・・
本人は、骨の痛みだとか、神経痛だとか思っていたのですが、ついには息苦しさを覚え、受診した病院で、「大動脈弁狭窄症」だということがわかり、8月21日入院、25日に緊急手術を受けることに。
手術は無事成功し、母は命拾いしたのです。


心臓が悪かったなんて、誰も気づかず、今思い起こせば、腑に落ちる症状はあるものの、他にも病気があったため、どこの病院に行っても見つからなかったのですが、このままでは、いつ突然死してもおかしくないという状態になって病気が見つかったことは、とてもラッキーでした。
先生も、即手術に踏み切れる時期に見つかって、良かった・・・と。


そして今、母の心臓は元気に力強く動いています。
高齢にもかかわらず、症状の回復は早く、先日、リハビリ専門の病院に転院して、後は体力の回復を待つのみになりました。


ラブが生きていたら、心配で、母はゆっくりと入院することもできなかっただろうと思うと、自分の死によって、母を守ってくれたのだろうと、思えるのです。


すべては繋がり、守られ、いい方向に導かれているのだということを再確認した出来事でした。
これは可愛がってくれた母への、ラブの恩返しに違いなく。。。


「ラブ・・・お母ちゃんを守ってくれて、本当にありがとう!!」


空に上がっていくラブの写真は、大きな愛と感謝に満ちていて、私達の永遠の宝物になりました。